パール判事

[2017年08月17日]

8月15日で終戦から72年経ちました。戦争で亡くなられたすべての方々に心より

追悼の意を表し、戦争が今後再び繰りかえさないことを切に願います。

今年も予想通り、靖国参拝のニュースが出ていましたね。総理大臣はじめ、全閣僚とも

今年は参拝見送りとのこと。残念です。。

ところでみなさん、パール判事をご存知でしょうか?パール判事と言えば、極東国際軍事裁判

(東京裁判)の判事で、当時日本の無罪を主張した数少ない判事の一人です。

どこかの国が靖国参拝について難癖つける理由を作ったA級戦犯という言葉はこの東京裁判で

生まれました。

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先月靖国神社に行った時に、パール判事の碑がありました。靖国神社にあるということを

しらなかったのでびっくりしました。

そこに、有名なパール判事の判決文の結びの言葉が刻まれていました。

 

“時が、熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が、虚偽からその仮面
  を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ち
  ながら、過去の賞罰の多くにその所を変えることを要求するであろう。”

 

とても深く、格調高い言葉だと私は感じました。その当時にこのような言葉を堂々と

言えたパール判事の法律家としての信念に感服すると同時に権力に屈せずこのような

言葉を残してくれたことに日本人として心より感謝します。

また、パール判事は「日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、彼らの戦時謀略にごまか

されてはならぬ。勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはや

そこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、

信頼も平和もあろう筈がない。」という言葉も残されています。

後になって、東京裁判を推進したマッカーサーは東京裁判は誤りであったとし、キーナン主席

検事、ウエッブ裁判長も同様の発言をしています。なのに、今だ日本人自身が自虐史観にとら

われているように思われます。

「日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ご

して平然たるわけにはゆかない。誤られた歴史は書きかえられねばならない。」とパール判事が

憂いていたことを戦後の日本の法曹界は話題にもせず放置。。パール判事の言葉に感化され、

立ち上がる日本人法律家が誰もいないことに日本人としてかなしく恥ずかしく思います。

 

小学校6年の時の担任の先生が、周りに流されず物事の真偽は自分の目で確かめることが大事だと

言っていたのを思い出します。私も当時の先生と同じくらいの年になり、先生の言っていたことが

やっとわかるようになってきた気がします。

いい部分も悪い部分も含め、日本人として自国の正しい歴史観をを持つということは大事なことだと

思います。この年になって痛感します。

今月は久々に出張のないお休みが2日もあるのでもう少し詳しくパール判事の本でも読んで

みようかと思っています。