鹿児島大空襲

[2017年06月20日]

6月17日は鹿児島大空襲の慰霊祭が行われたとニュースでやっていました。

恥ずかしながら長いこと鹿児島で生活をしていますが、”鹿児島大空襲”という言葉は

耳にはしていましたが、詳しくは知りませんでした。私の祖父母は、父方母方ともに

すでに他界しており、生前戦争の話を聞くことはほとんどありませんでした。

もっといろいろ話を聞いておけばよかったと今になって少し後悔しています。

 

鹿児島大空襲のことをちょっと調べてみたのですが、かなりの被害が出ていたという

ことにびっくりしました。1945年の3月から8月にかけて8回の空襲を受け、特に

6月17日の空襲が被害が激しく死者2316人、負傷者3500人もでたそうです。

沖縄への米軍上陸以降、次の上陸地点として鹿児島は終戦まで単なる補給地、背後地、

内地ではなくなり、しかも特攻基地は鹿児島にしかなかったので、米軍の鹿児島に対する

攻撃は他の地方都市と比較にならない激しさであったそうです。

 

私も含め、戦争を知らない世代が増えてきていると言われております。世界ではいまだに

戦争や紛争が絶えません。今普通だと思っていることが普通ではなくなる、それが戦争

だと思います。平和な今だからこそ、平和の大切さを考える必要があるのではないかと

考えさせられました。

 

最近、国分にも戦争の名残がたくさんあることに気づき、写真を撮っていましたが身近な

ところで戦争の怖さや平和の大切さを感じさせられました。

城山公園にも幼稚園の頃から遊びに行っていましたが、何かの石碑だという認識はあった

のですが平和祈念之塔だとはっきり認識したのは大人になってからでした。

国分自衛隊前の特攻隊慰霊碑も車ではしょっちゅう通ってはいましたが、実際に見に

行ったのはつい最近です。

今の自分たちがあるのは、このような方々の尊い犠牲のおかげであることを忘れず、平和な

世の中を維持していかなければならないと思いました。

 

 

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