脱毛症⑤
[2025年02月09日]
今回は、脱毛症の第5回目となります。いよいよ終わりに近づいてきました。
前回ご紹介した非炎症性先天性脱毛症の中のパターン脱毛、淡色被毛脱毛症、
黒色被毛毛包異形成症についてお話します。
それでは、始めます!
まずは、淡色被毛脱毛症と黒色被毛毛包異形成症から始めたいと思いますが、
この2つは病態がほぼ一緒ですのでまとめてご説明します。
淡色被毛脱毛症は、英語でColor Dilution Alopeciaと言い、CDAと略されます。
黒色被毛毛包異形成症は、英語でBlack Hair Follicular Dysplasiaと言い、BHFDと
略されます。
CDAは、毛の色がブルー系やフォーン系の淡い被毛色をした犬に見られるのが特徴です。
しかもその脱毛は、淡色の被毛に限局(一致)して認められることが最大の特徴となります。
また、BHFDは、黒色毛を含む2色以上の毛の色をした犬に見られるのが特徴で、その中で
黒色毛に限局(一致)して脱毛が認められるのが最大の特徴となります。
CDAもBHFDも若年から発症する進行性の脱毛症ですが、好発年齢は若干異なります。
CDAは6か月齢から3歳齢、BHFDは4週齢と言われています。BHFDのほうがちょっと
早いですね。また、それぞれに好発犬種が存在します。
CDAの好発犬種は、イタグレ、ミニピン、ダックス、チワワ、ヨーキー、シェルティー、
ワイマラナー、ドーベルマン、グレートデンなどで、ブルー、フォーン、グレー等の
淡色の被毛を持った犬たちです。
BHFDの好発犬種は、ダックス、ビーグル、ジャックラッセル、ボーダーコリー、キャバリア、
パピヨン、サルーキーなどで黒色の被毛をもった犬たちです。
CDAもBHFDも毛の色と関係するちょっと珍しい脱毛症です。ということは、毛の色を決める
何かがこの脱毛症に関係しているのではないかと推測されます。
ということで、病気の説明の前に毛の色はどうやって決まるのか、そのメカニズムについて
お話しをしたいと思います。
人間を含め、被毛をもつ動物の毛の色を決める物質は、主にメラニン色素と言われるもの
です。そのメラニン色素には、黒褐色のユーメラニンと黄赤色のフェオメラニンの2種類が
存在します。では、次にメラニン色素がどのように作られているかお話ししたいと思います。
毛乳頭のまわりにある毛母細胞の間にはメラノサイトという色素形成細胞があります。
メラニン色素は、このメラノサイトで合成されて、メラノサイト内に存在するメラノソームと
いう袋状の場所に貯蔵され、メラニン色素を含む黒色の色素顆粒となります。
このメラノソームが細胞内を移動して、毛を作る細胞に受け渡されます。最終的に被毛の色は、
メラニン顆粒という微小な粒で決まり、このメラニン顆粒内のメラニン色素の種類(ユーメラニン
とフェオメラニンの割合)、顆粒の大きさ、量によって変化します。
ちなみに、かなりざっくりとお話ししましたが、メラニン色素の輸送の仕組みが解明されたのは
そう古いことではありません。2004年に東北大学大学院・生命科学研究科の福田光則教授が、
メラニン顆粒のメラノサイト内での輸送方法を明らかにしました。なんと日本人なんですね。
とても誇らしいことです。人間のほうは美白化粧品の開発など、巨大市場が絡みそうなので研究に
お金がかけられそうですよね。美白化粧品もいいですが、私の最近増えてきた白髪もこの研究を
もとに何かいい薬が出来ないかなとちょっと期待しています。
脱線ついでにもうちょっと。生体におけるメラニンと色の関係は毛色だけでなく、肌の色も一緒です。
人間だと、白人、黒人、私たち黄色人種の肌色の違いとして現れます。
肌の色は白人はフェオメラニンが多く、黒人はユーメラニンが多く含まれます。そして、黄色人種
はフェオメラニンとユーメラニンの混合型だそうです。ちなみに、髪の毛はユーメラニンが多いと
黒髪となり、フェオメラニンが多いと赤毛かゴールドまたはブロンドとなるそうです。
それでは、本題に戻ります。CDAとBHFDはこの仕組みのどこで異常が起こるのでしょうか?
CDAとBHFDでは、メラノソームの輸送のところで異常が起こることがわかっています。
もう少し詳しく言うと、メラノソームの輸送に重要な役割を果たすメラノフィリン遺伝子
(MLPH遺伝子)に変異が認められることがわかっています。MLPH遺伝子に変異が認められると、
毛の中でメラノソームの輸送がうまくいかなくなってしまいます。そうすると、毛の中のメラニン
色素の塊(メラニン顆粒)が異常になり、その異常なメラニン顆粒が原因で毛の構造上の強度が
落ちてしまいもろくなります。そのため、異常なメラニン顆粒のある部位で毛が折れやすくなって
しまいます。折れた毛が多くなるとその部位が見た目上、脱毛となります。
つまり、CDAとBHFDの脱毛は、構造的に脆弱な毛が作られることによる毛折れが原因という
ことです。
この異常なメラニン顆粒は、巨大メラニン色素顆粒(メラニンクランプ)と言われ、
このメラニンクランプの存在の確認が診断の第1歩になります。ただし、注意しないといけない
のは、メラニンクランプ自体は正常な被毛でも検出されることがあるので、これだけで確定診断
としてはいけないということです(今回は診断の詳しいお話は省略します)。
被毛の脆弱化が脱毛の直接的な原因となるため、脱毛部位は物理的な外力を受けやすい部位で
ある顔面や肢端、肘部、踵部、背部、間擦部の淡色毛や黒色毛に認めやすいのが特徴です。
初めはこれらの部位で脱毛する事が多いですが、基本的には該当する被毛色の部位に一致して
徐々に脱毛が進行していきます。
これらの病気は、遺伝的な素因が関与していることからもわかるように基本的には根治的な
治療法は確立されていません。治療法はありませんが、なるべく脱毛を増やさないようにする
対策はとってあげるとよいかと思います。シャンプーの仕方の工夫や首輪、洋服など外的刺激に
よる擦れが起きにくくなるように工夫したり、生活環境の改善をしてあげるとよいと思います。
ただ、いくつかのお薬で効果があったという報告がありますので、試してみる価値はあるかも
しれませんが、やるなら早いほうが良いです。時間が経って慢性化するほど、その効果は落ちて
いきます。ちなみに、すべての症例ではありませんがお薬が効いた場合、元々の毛色ではなく、
白い毛が生えてくることがあります。なぜ、白い毛が生えるのかはよくわかっていません。
また、生えた毛がずっと生え続けるとも限らず、一時的に生えてまたすぐに脱毛したり、
ある程度時間が経った後に再度脱毛することもあります。
また、CDAもBHFDも時々、脱毛部位がぶつぶつしてきて痒みが出てくることがあります。
これは、毛穴の中にフケが溜まってしまって、そこに細菌感染を起こすために出る症状です。
このような症状が出た場合は、シャンプーによる外用療法や抗菌薬による治療が必要と
なります。
最後に、まとめるとCAD、BHFDはともに”完治しない”、”進行性”の皮膚病であり、
”脱毛以外に寿命や体調に影響はない”ということ、”発毛させられる可能性はあるが
確実な効果は期待できない”ということ、”必ずしも治療を必要とする病気ではないので、
お薬を使う場合、安全性やQOLを優先させる”必要があるということを理解した上で、
治療方針を考える必要があるということです。
大分長くなってしまいました。最後に少し症例のご紹介をしようと思っていたのですが
次回に回します。
森の樹動物病院は、鹿児島で犬と猫の皮膚病、脱毛症の診断治療に力を入れています。
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